ギャルの瞳に僕が映る瞬間(後編)
私が当時中学生の時は、バンドブーム真っ最中でアジカン、チャットモンチー、ラッド、UVERworld、9mm、凛として時雨、サンボマスターなど沢山のバンドマンが活躍し、私も恥ずかしながらかなりの影響を受けていた。また兄がドラムセットを持っていたことから、兄がいないのを確認しては勝手にドラムを触って、後で兄にこっぴどく叱られたものだ。
そんな中で音楽の趣味が合う友達同士で初めてバンドを組むことになった。もちろん私はドラム担当で。そして一番最初に練習した楽曲はGreenDayの「American idiot」とアジカンの「君の街まで」とELLEGARDENの「ジターバグ」。ギターやベース初心者向けにやりやすい曲をボーカル担当が選んでくれたがまったくドラム初心者向けではなかった。しかもその楽曲を引き下げて、先輩が企画するライブイベントで初ライブまで決まっている。しかも期間は1ヶ月後とかなり過密スケジュールだった。
断ることも出来ず上手くなりたいよりもなんとかしたい一心で兄に頭を下げて交渉し、1時間のマッサージと引き換えに1時間ドラムを触ることができる約束を取り付けて、なんとかドラム練習をさせてもらえたのだ。
ドラムが普通ない環境で少年ジャンプを積み立てて練習するような人が多い中、こんな恵まれた環境でドラム練習できたのは本当に兄に感謝しかなかった。
そこからは無我夢中にドラムを練習した。何本かスティックを折りながら体にドラムが染み込むまでリズムを刻んだ。その後、部活で疲れた兄の身体を揉みながら頭の中で反復練習も欠かさなかった。
そして迎えたライブ当日。
バンド名は「ピンポンダッシュ」で何故か当日、能面を被っての出演を果たした。
当時、能面を被ったバンド「FACT」がすごく流行っていて、中学生の悪ノリで「誰が演奏しているかわからない方がカッコよくね?」という曖昧な理由でそうなった。でもギリギリで決めてしまったためか、ライブのPOPにはしっかりとフルネームと担当まで書かれていたので大した意味はなかった。「ピンポンダッシュ」のバンド名にはたいした理由は存在しなかったがなんだか音の響きで決めた気がする。
めちゃめちゃ練習してきた分、上手くやれるか緊張が抜けなかったが、能面のおかげか見られてる意識は全く感じなかった。そのかわりせっかくの初ライブを顔出ししないで迎えることに、初セックスをコンドームをつけてやるようなちょっぴり残念な気持ちになった。
実際のライブは自分で言うのもなんだが、かなりいい出来だった。
3曲ともドラムがかなり音楽の軸になる場面が幾多となくあるがそれを難なくこなして初ライブを成功させたのだった。
狭いライブ会場の20人足らずの観客から拍手が聴こえた。能面を被ることで蒸れた顔面が耐えきれずその場で脱ぎ捨てステージを後にすると、ライブ会場のドア付近で座っていた女の子から声をかけられた。
その女の子はあの黒木だった。
黒木はその日女友達の彼氏がライブに出ることをきっかけに暇だったからついてきたとのことだった。そんな経緯の話を聴きながら私は驚きを隠せないでいた。
虫や生き物と同じで私に触ることすら拒否していたあの黒木が話しかけてきたのである。それはつまり黒木が虫に話しかけていると思うと、ギャルとは二度と関わらないと決めた私にしたらしどろもどろもいいところだった。
そんなあたふたした私をみて、黒木はまた厳しい言葉を投げつけてくるかと覚悟したが、彼女の口から思いもよらない言葉を聴いた。
「あんためっちゃかっこよかった〜。仮面被っててもすぐわかったよ。その仮面かして」
そう言った黒木に能面を渡すと目の前でそれを被って、「どう?あたしも似合うかなー?」と私の前では絶対にしないような甘え声とうっとりとした瞳には自分の顔が映り込んでいたのだ。
しかも私がさっきまで被っていた能面を黒木が被っている。その瞬間。私と黒木が繋がったのだ。その時もちろん私は童貞だったが、黒木のその夜の出来事はセックスのような興奮と彼女を一夜だけ手に入れたような背徳感で満たされていた。
もちろんその後の学生生活で、黒木と話すことは愚か黒木の瞳が僕だけを見つめるようなことは二度となかったが、あの音楽にひたむきになった瞬間だけギャルと共鳴できたのだ。
それ以降、とりわけギャルという生き物への恐怖感や萎縮してしまう癖に変わりはないが、いまだにギャルという存在が興奮と幸福感をくれる存在として、私の中の「黒木」がいつも「かっこよかった」と褒めてくれる。
ありがとう黒木。
ありがとうギャル。
そして今夜もありがとう。
thank you SEX。